大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成4年(ネ)425号 判決 1993年5月31日

控訴人

高橋千代

深澤光世

小野光雄

小野輝勝

右四名訴訟代理人弁護士

宮下浩司

被控訴人

小野喬也

右訴訟代理人弁護士

関沢正彦

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者双方の申立て

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  本件を横浜地方裁判所に差し戻す。

二  被控訴人

主文と同旨。

第二  当事者双方の主張

当事者双方の事実上及び法律上の主張は、次のとおり補正するほかは原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  被告の本案に対する申立第一項を「控訴人らの請求をいずれも棄却する。」に改める。

二  請求原因2を次のとおり改める。

保治の遺産は、原判決別紙物件目録記載の土地及び建物(以下「本件不動産」と総称し、個別的には「本件(一)土地」などという。)がすべてであるところ、同人は、横浜地方法務局所属公証人笹岡彦右衛門作成の昭和五八年第一一七〇〇号遺言公正証書により、本件不動産を被控訴人に相続させる旨の遺言(以下「本件遺言」という。)をした。

三  請求原因3を次のとおり改める。

控訴人らは、昭和五八年一二月五日横浜家庭裁判所に保治の相続について遺留分を放棄する旨の申立てをした。同裁判所は、同月一九日控訴人らの右遺留分放棄を許可する旨の審判をした。

四  請求原因5を次のとおり改める。

控訴人らは、平成三年二月二一日被控訴人に対し、本件訴状副本の送達をもって、遺留分の減殺を請求する旨の意思表示をした。

第三  証拠<省略>

理由

一被控訴人の本案前の主張について判断する。

保治が被控訴人に本件不動産を相続させる旨の遺言をし、昭和六二年五月一六日に死亡したことは当事者間に争いがない。

そして、<書証番号略>、被控訴人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

保治は、本件遺言により訴外小野紘志を遺言執行者に指定した。本件(一)、(二)土地及び本件(五)建物についていずれも昭和六二年五月一六日相続を原因として、横浜地方法務局同年九月一日受付第六八二七〇号により控訴人ら及び被控訴人のために各持分五分の一の所有権移転登記がなされ、本件(三)建物及び本件(四)土地についていずれも同年五月一六日相続を原因として、同法務局同年九月一日受付第六八二七一号により控訴人ら及び被控訴人のために各持分一〇分の一の小野保治持分全部移転登記がなされた。その後、被控訴人の申請により右第六八二七〇号の所有権移転登記について権利者を被控訴人とする旨の所有権更正仮登記仮処分命令及び右第六八二七一号の小野保治持分全部移転登記について権利者を「持分二分の一被控訴人」とする旨の所有権更正仮登記仮処分命令が発せられ、同法務局同年一〇月一日受付第七六九〇八号及び第七六九〇九号によりそれぞれその旨の所有権更正仮登記がなされた。遺言執行者小野紘志は平成元年一月二七日の審判(横浜家庭裁判所昭和六二年(家)第二七二八号)により解任され、同年一一月二〇日の審判(同裁判所平成元年(家)第三〇八五号)により訴外中野猛夫が遺言執行者に選任された(中野猛夫が遺言執行者であることは当事者間に争いがない。)。中野猛夫は、控訴人ら及び被控訴人に対し、遺言執行者としての相続財産管理権に基づき本件不動産について右第六八二七〇号の所有権移転登記及び第六八二七一号の小野保治持分全部移転登記の抹消を求める訴えを提起した(横浜地方裁判所平成二年(ワ)第四九五号)ところ、同裁判所は平成二年一二月二五日右請求を全部認容する判決を言い渡し、右判決は確定した。しかし、右判決に基づく執行は未だなされていない。

二ところで、遺言執行者が指定又は選任された場合においては、遺言執行者が相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有するとともに、相続人は相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない(民法一〇一二条、一〇一三条)。したがって、遺言執行者は、相続財産又は遺言執行の対象である特定財産に対して排他的な管理処分権を有するものであり、他方相続人はその管理権を失うことになる。訴訟における当事者は、訴訟物である権利または法律関係について管理権を有するものでなければならないから、遺言執行者がある場合の相続財産の管理、処分に関する訴訟においては、訴訟追行権は遺言執行者に帰属し、相続人はこれを失い、遺言執行者のみが当事者適格を有するものと解するのが相当である。したがって、遺言執行者がある場合における、相続財産である不動産につき遺留分減殺を原因とする所有権移転等の登記を求める訴えは、相続財産の管理、処分に関する訴訟であるから、その被告適格を有するものは相続人ではなく、遺言執行者であるといわなければならない。

三これを本件についてみるに、本件遺言の執行について遺言執行者として中野猛夫が選任されていることは前記のとおりであり、同人には、本件遺言の執行として前記判決に基づき本件(一)、(二)土地及び本件(五)建物について前記第六八二七〇号の所有権移転登記並びに本件(三)建物及び本件(四)土地について前記第六八二七一号の小野保治持分全部移転登記を抹消した上、本件(一)、(二)土地及び本件(五)建物について被控訴人のために昭和六二年五月一六日相続を原因とする所有権移転登記をし、本件(三)建物及び本件(四)土地について被控訴人のために同日相続を原因とする小野保治持分全部移転登記をすべき職務が残っており、現に小野保治の遺産の管理権を有するものと解される。

そうすると、本件訴訟は遺言執行者を被告として提起すべきものであるから、被控訴人を被告として提起された控訴人らの訴えは、いずれも不適法として却下を免れない。

四よって、当裁判所の右の判断と同旨の原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項、九五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官櫻井文夫 裁判官渡邉等 裁判官柴田寛之)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例